はるかの1人暮らし奮闘記

2015年から1人暮らしをはじめました。私が生活・勉強・自分のことと、奮闘するはなしです。

生きる。

 

 

こんばんはー!!

 

更新怠ってすみません。

もう少し気合いで、頑張ります。

 

 

少し長くなりますが、書きたいことがあります。

個人的なことですが、思うことがありまして、書き出してみました。

 

 

先日、後輩の告別式がありました。

 

その後輩は、いつもいつも笑顔で、

カッコつけてて、頑張り屋で、

誰よりも音楽を愛し、自分を愛し、

仲間を愛している人間でした。

 

私は特別、その後輩とマメに連絡をとったりする訳でも、話を沢山した訳ではありませんでした。

高校時代に、活動を共にしていただけでした。

でも、私はなぜか、

いつもその後輩に注目してました。

 

もちろん、卒業してからも。

 

 

彼はきっと、何かする。

目標をもった、輝いている目をしていた。

そして、いつも、驚かされていました。

 

 

今から1年くらい前、

そんな彼が闘病していることを知りました。

 

癌だったみたいです。

 

 

部活の仲間が病院にお見舞いに行っていました。

そこに映る彼は、

いつも素敵な笑顔でした。

 

 

あぁ、元気なんだなっ!

よかった。

 

 

と思っていました。

 

 

でも、今思えば、それは友達に

大丈夫だよ、元気だよ!

と伝えるために、頑張っていたんだな。

 

 

そして、ある日、

 

昨夜、大義が亡くなりました。

 

とラインが入りました。

 

 

 

 

 

私は、椅子に座っていましたが、

心臓が ドキンッ と大きく鼓動し、

体が冷えていくのがわかりました。

 

 

 

その後、心を整理する間も無く、

卒論制作に打ち込みました。

そうでもしないと、落ち着きませんでした。

 

 

 

そして、1週間後の、告別式。

 

 

告別式では、ご遺族の方・葬儀場の方にご理解をいただいて、

顧問の先生、当時の部長副部長が夜遅くまで計画・打ち合わせをしてくれて、

演奏と合唱をすることになりました。

 

 

当日、

160人近くの部活の仲間が集まり、演奏と合唱をしました。

 

 

最後の別れは、彼の作曲した曲を演奏しました。

 

くり返し、くり返し演奏して、

歌って、かけ声もして、

たくさんのみんなの思いを詰め込んで、

棺の蓋が閉められ、彼は送られました。

 

一体、どんな顔をしていたのだろう?

私には見る事ができませんでした。

 

きっと、笑顔だったんだろうな。

 

 

 

 

 

早すぎる死でした。

 

彼には、やりたい事が沢山たくさん

あっただろうに…

 

 

人類は、彼を失くして、

損をしたんではないか、

 

と考えることもありました。

 

 

 

でも、

 

彼は愛されていました。
たくさんの人に。

 

 

 

彼のおかげで、

部活の仲間がほぼ全員集まりました。

楽器も4年ぶりにみんなで演奏しました。

 

 

このきっかけをくれたのは彼でした。

これは、もしかすると、

彼が仕組んだことなのかもしれない。

 

 

最後の最後で、やってくれたよ!彼は。

まんまと作戦にのせられた〜!

 

おかげで、

音楽の事、仲間の事、自分の事

を再認識させられたよ。

 

 

彼の影響力は本当に大きい。

 

 

みんなは彼の意思を受け継ぎ、

彼はみんなを見守る。

 

 

 

 

 

今まで、よく頑張ったね。

少しはゆっくり休めよ〜!

 

ゆっくり休んだら、

またその音を聞かせてね。

みんなが集まったら、

また市船ソウル、演奏しようね。

それまでちょいと待っててね。

 

 

 

 

おわり。