はるかの1人暮らし奮闘記

2015年から1人暮らしをはじめました。遥が悩んだり、色々チャレンジする!自立して、マックを毎日食べられる生活を目指しています。

みんな不安なんだ、たぶん。

9月の末から10月の半ばまで、かつてないメンタル不調に襲われた。ご飯を作る気にもなれず、夜は寝付けず、朝に少しだけ寝ていた。バイトにも行ける状態ではないので、数日間おやすみをもらった。家を出ないといけない時間なのに、体が動かず、電話も怖くてできなかった。とにかく、いろんなことが怖かった。

 

10月末にはだいぶ落ち着いて、普通の生活に戻った。でも、なんでこんな不調になってしまったんだろう?と不思議だった。普段なら、一週間くらいすれば元に戻るから。これは、いよいようつ病とか、そういった類のものになってしまったのでは?と少し心配していた。生活と仕事に、支障が出ていたならば、それは病気では?と思った。

 

そこで、人生で初めて心療内科に行ってみた。幸いにも家から徒歩10分のところに一件あったのでそこに行ってみた。そこでは、初診の20分くらいの面談と、先生による15分くらいの診断があった。そこでの経験はとても貴重なものだった。

 

自分が考えていた原因は、お金とか仕事とかそうゆうことかと思ってた。面談の時に、どうゆう生活リズムか?仕事中はどうか?と聞かれた。私は仕事は普通にこなしているし、生活リズムも自分に合ったリズムなので全然苦ではない。はっきりした原因がなくて困っていることを、主にしゃべった。

 

面談が終わり、先生に診療してもらうとこまできた。

先生に幾つか質問をされていると答えに詰まってしまった質問があった。「吉原さんは、今は目標がありますか?」そう聞かれた時、止まってしまった。「私は、何になりたいんだ?」一瞬のうちに、いろいろ考えた。漫画家?ライター?旅人?私は何になりたい??

「漫画を書いたり、イラスト描いたりする仕事したいです。」と、私は答えた。そのあとすぐに自分でも忘れていたこと、抑えていたことが出てきた。「私は本当は大学院に進学して、博士課程に行きたかった。」と言った。私は、本当は、博士課程に行きたかったんだ。あぁ、そうか。博士課程に行きたかったんだ。

自分でも意図していないところで、急に涙が出てきた。私がどうしてもやりたかったけど、どうしようもなくて諦めた夢が、ぽろっと出てきた。私が一番苦しかったのは、ここだったんだと分かった。

 

先生は少しびっくりしたような顔をしたあと、パソコンに向かながら「何か、進学できない理由があったんでしょうね。たぶん、一番引っかかっているのはそこかもしれませんね。」「吉原さんは病気ではなさそうに思います。大丈夫です。僕たちが手伝えることは、不安な時にそれを少し抑える薬を出すことくらいです。」「今は単純に周りの状況が悪いだけなんじゃないでしょうか?身の回りの問題を解決すれば、不安は減ると思いますよ。」

 

当たり前のこと言われてるんですけど、なんだかはっとしました。そうか、私は大丈夫なんだ。私は、大丈夫なんだ。

 

今まで背負っていたモヤモヤした気持ちが、じわじわと溶け出していくのがわかりました。博士課程には行けなかったけど、今はイラストや漫画で楽しんでるし、仕事ができるようになるまでそう遠くはないと思っている。だったらそれを頑張るまでだ。お金はないが、やりたいこと・夢がある。それでいいじゃないか。

 

たぶん、みんなも不安なんだと、その時に思った。大学を出て企業に就職して、それなりにお金をもらい安定を手にしているのに、その目は不安そうなんだよね。この先も不安だし、かと言ってそれを変えるわけにもいかなくて、なんで生きてるのか、わからなくなってる。それがおかしい、ってたぶん、沢山の人が気がついている。だから、この世界はちょっとずつだけど、変わってきていると思う。

これから名もない職業が沢山生まれると思う。職業というより、個人なんだ。

 

私は、吉原遥という名で、これからもやりたいことにまっすぐに。

25才、まだまだこれから。

 

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